
突然ですが、萌出後の歯が大きくならないのはなぜでしょう?
唾液にはハイドロキシアパタイト(HA)の溶解度以上の高い濃度で(過剰に)、ミネラルイオン(カルシウムイオン:a2+、リン酸イオン:PO43-)が溶けています(これを「過飽和」という)。
過飽和であれば、ミネラルイオンは、それぞれ結合(石灰化)してHAになるはずです。つまり歯は大きくなってもおかしくないのですが、不思議なことに、そうはなりません。
その理由は、唾液に含まれる特殊なタンパク質(リン・タンパク質)の働きによるものです。(図1)
ペリクル膜の形成
このタンパク質は、リン酸がタンパク質に結合したもので(図では、結合したリン酸
をPsと表記)、Psの部分が、エナメル質の結晶表面に存在するCaサイトと強く結合して、ペリクル膜を形成します(図2)。
アパタイト結晶の成長阻害
すると唾液に含まれているリン酸イオンは、エナメル質の結晶表面に存在するCaサイトと結合できなくなります。これにより、歯の表面ではアパタイト結晶が成長できなくなり、歯は大きくならないのです。
とっても大切なリン・タンパク質
もしこのタンパク質が存在していなかったら、ミネラルイオンが歯面に沈着して、アパタイト結晶が成長し、歯がどんどん大きくなってしまいます歯が年々大きくなったら、さまざまな問題(食べ物の咀嚼や会話の困難など)に直面し、生存が脅かされることでしょう。
あれ、でも、そうすると…?
リン・タンパク質によって、歯は大きくならない一方で、初期齲蝕の再石灰化は、脱灰によって小さくなったアパタイト結晶が成長することで起こるのですが、この相反するように見える現象は、どうして可能なのでしょうか。
お口の中の不思議なしくみ
表層下脱灰病変の表層には、脱灰によるμm以下の小さな穴が無数に形成されています。(図3)
唾液に含まれるミネラルイオン(カルシウムイオン:Ca2+、リン酸イオン:PO43-)やFは、非常に小さいので、この穴を自由に通過できます。
しかしリン・タンパク質は、この穴のサイズより大きいので、通過することができません。
その結果、病変内部ではこのタンパク質を含まず、ミネラルイオンだけを含む過飽和状態の液体になります。
つまり初期齲蝕の再石灰化は…
病変内部でのみ、小さくなったアパタイト結晶はミネラルイオンを取り込み、結晶成長することが可能となります。これが初期齲蝕の再石灰化という現象です。
一方で、この病変の表面ではこのタンパク質由来のペリクル膜が形成されているので、歯の表面での石灰化(アパタイト結晶の成長)は起きませんね。
初期齲蝕の段階を超えると…
それでは齲窩の場合は、なぜ再石灰化しないでじょうか。(図4)
脱灰がかなり進行すると、この穴が大きくなり齲窩が形成され、このタンパク質も病変の内部に侵入できるようになります。
齲窩の壁や窩底面に沿って、健全歯面と同様に、ペリクル膜が形成されます。すると前述したように、唾液に含まれるリン酸イオンがアパタイト結晶のCaサイトに結合できなくなり、再石灰化は起きなくなります。
以上まとめると
脱灰によって失ったミネラル成分を再獲得するには、
ごく初期の表層下脱灰病変の場合に限られます。
すなわち早期に発見して、
適切な再石灰化処置(フッ化物の使用やプラークコントロール)を行うことが重要となります。
歯科衛生士 大石