はじめに

 

担当患者さんが増えてゆくなかで、教科書的な知識しかない不安だらけの自分に「臨床的」な視点を塔う機会が訪れたのは、他医院との合同勉強会でした。

 

先輩歯科衛生士の発表では症例の見方、SRPの順番、磨きやすい補綴物の形態などが語られ、歯科臨床から歯周治療だけを切り離している自分に気づき、自身が患者さんに寄り添っているつもりだけだったことを思い知らされました。

 

本稿は、そんな筆者がはじめて歯周治療だけではなく矯正治療、補綴処置にまでかかわったと思えた患者さんの症例報告です。患者さんとのかかわりを通じ、新たなやりがいをみつけました。

 

~患者さんの概要〜

 

歯周基本治療患者さんは37歳男性で、歯肉から出血があり「歯の清掃希望」を主訴に来院しました。歯科医院は5年ぶりの受診、非喫煙者で性格は真面目で物静か、口調の柔らかい方です。

 

プロービング中に根面に大量の縁下歯石がついていることがわかり、歯周基本治療にはかなりの時間を要すること、再評価後に改善の認められない部位、特に垂直性骨欠損や根分岐部箱変への歯周外科、また最終的には白衛部に補綴処置が必要になることが考えられました。

 

咬頭嵌合位は安定していたので、力の解放が必要な部位では自然移動を行いながら治療を進めることが可能でした。歯周基本治療後の再評価時には、早々に歯周組織は改善し「治りやすい歯題病」と判断できました。

 

外科処置〜MTM再評価後、歯周ポケットの改善しなかった白歯部を中心に歯周外科に移行しました。

 

歯周外科後は、出血傾向は改善しましたが、白衛部には4mm以上の歯周ボケットが散在していました。口腔内をすこしでも磨きやすい環境にするために、矯正治療の必要性を患者さんに伝え、同意が得られました。矯正中のセルフケァでは、プラケット周囲と装置のついていない舌側、右上4へのアプローチを伝えました。院内では、汚れの付着しやすいプロビジョナルレストレーション周囲と隣接面、ブラケットが装着されている頰側の歯肉縁下のプラークコントロールに力を入れ、歯の移動に伴い歯ブラシの当て方や角度を見直しました。

 

補綴処置まで右上4は、排膜と動揺が改善され抜歯から保存へと計画を変更し、再度歯周外科を行いました。その際、近心歯槽骨がすり寄ってきていることを確認しました。

 

半年後の再評価では歯槽硬線は斜面状に安定しは単冠は連結冠とし3次プロビジョナルレストレーションを製作しました。清掃面では根面溝に沿わせながらていねいに磨いてもらいました。

 

右下7は根分岐部病変0.5度、歯周ポケットが減少し動揺もないことから保存を選択しました。

 

その後清掃性を配慮した新しいプロビジョナルレストレーションを下顎右側(右下567)に装着し、右下8は清掃性を考慮し単冠としましたが、丈が短く脱離を繰り返したので最終的にブリッジと連結しました。

 

補級処置直前の再評価では、右下7の遠心の歯槽骨の修復が見られ、左下6は根尖周囲の透過像も改善し、歯槽硬線が明瞭化してきました。

 

最終補綴処置に向け細部が磨けるように染め出しをしてプラッシング指導を行いました。患者さんは「磨けているつもりだったが、磨けていなくてショックだった」と話し、1日3回のプラッシングも実行してくれました。

 

補綴処置

 

どんな補綴物が装着されるのだろう?次の関心事は筆者の苦手な補綴でした。

 

補殺の基礎知識を学び、患者さんやラボとのコミュニケーションを通じ、その人にとって磨きやすい補殺物を模索することの重要性を理解しはじめたころでした。

 

まずは歯科医師と相談して補綴処置の順番を考えてみました。

 

患者さんがもっとも上手にブラッシングができている部位で、経過が願調な①左下56からスタートし次に要注意の日②右上4、フロスがうまく通せるようになってから③左上67を、そして④右下7は舌側遺心部の形態を煮詰めたいので最後に袖報という順番で進めることになりました。

 

 

①左下56

患者さんは左利きで、左側舌側は手首を折り返すため磨きづらく、歯ブラシのつま先しか当たらない傾向がありました。

 

歯間離開した左下56間は、隣接面にプラークが残りました。歯間空際を狭くしたり磨けない部分の形態修正を繰り返し、歯間プラシが挿入しやすい形態の2次プロビジョナルレストレーションを製作しましたがそれでも左下6の近心にはプラークが残るため、単冠にしてフロスを使用してもらいました。

 

患者さんははじめてのフロスの使用でしたが、すぐに慣れ清掃効果も上がり印象採得へ移行しました。

 

ラボには、左利きであること、左下6の近心はフロス使用と伝え、調整したプロビジョナルレストレーションの模型も添えました。

 

完成した補級物とプロビジョナルレストレーションの模型を比較すると、左下6の近心は模型よりすこし豊隆があり、近心の豊隆に沿わせながらフロスを滑らかに通すことができ、ボケットの中まで届くようでした。

 

口腔内でもスムーズに行えるように、模型上で歯ブラシとフロスの当てる角度を確認すると舌側は45°よりすこし起こし気味のほうが近心に当たりやすく、頰側は衛頸部に毛先がとてもフィットし、小刻みに動かすことで隣接面にも毛先が届くことを確認しました。

 

実際に口腔内でも、フロスはスムーズに挿入可能で、歯プラシも頰側の隣接面にフィットします。

 

 

②右上4

右上4の近心はもっとも気になっていた部位です。54口蓋側には、プラークが残りやすく特に4近心は歯ブラシの毛先がうまく当たらず形態を思案しましたがブラッシングレベルの向上とともに歯肉の炎症は消退しました。

 

補緩処置はブラッシング指導からすでに始まっていることを理解しました。ラボには4近心と6遠心はピーキュア(オーラルケア)で清掃していることを伝えました。

 

後日ラボから連絡があり、隣接面のカントゥアを落とし過ぎで歯面に圧がかからず、汚れが落ちにくいのではと指摘され、清掃に必要な豊隆を付与してほしいと依頼しました。

 

プロビジョナルレストレーションにピーキュアを当てたときには隙間がありましたが、完成した補緩物には歯間部に毛先がフィットしており、磨きやすい形態には歯ブラシの当てやすさとともに適切な圧が加わることが必要であると教えられました。

 

 

③左上67

上顎左側は 左上67 の頰側根分岐部病変部を意識して歯ブラシを当ててもらいました。近心にも根分岐部病変があり、プロビジョナルレストレーションで左上7の隣接面に当てやすい形態を考えましたが、下顎左側同様プラークが除去しきれません。

 

フロスでの清掃を歯科医師に提案し、プロビジョナルレストレーションを単冠にしてもらいました。

 

上顎左側のフロスは、利き手の原因か部位の影響かフロスを挿入する位置がつかみにくかったのですが、熱心にフロスの練習をされ使いこなせるようになりました。

 

ラボへは、左上67 隣接面はフロス、6近心と遠心はピーキュアを使用していると伝えました。

 

 

④右下7

 

下顎右側は右下5とポンティックの隣接面にプラークが残るのでら磨きやすい形態を付与しプラークコントールが良好になり、左下7遠心の歯周ポケットは4mmまで減少し、ファーケーションプロープも挿入できなくなりました。

 

ラボにはピーキュアの使用を伝えました。完成したブリッジは、左下7舌側の形態はブラッシングが難しいと思われましたが、次の来院時にブラッシングは行き届いており驚きました。

 

患者さんは矯正装置を撤去した際、「清掃用具は、必要なら何種類でも使います」とおっしゃっていましたが、日常生活で負担にならないよう少ない種類で対応しました。歯間ブラシの使用も考えましたが。何種類も使うことになりそうで、フロスとCi202(Ciメディカル)とビーキュアで対応しました。染め出しをきっかけにプラークコントロールは向上し、隅々まで磨けるととても艶のある歯肉に変化することを実感し、この状態を維持し歯周病の再発を防ぐことが今後の目標になりました。

 

この患者さんには、染め出しがとても有効で患者さんの命名した「染め出しのテスト」を行いながら、無理のないメインテナンスを心がけてゆきたいと思っています。治りやすい歯周病なので出血傾向に注視し、歯周ポケットが深化しても焦らず確実なプラークコントロールで対処できると考えています。歯槽骨の吸収量が多いと難症例だ!と思いがちだった筆者ですが、遅ればせながら「症例を見る目」を養わせてくれた患者さんとの出会いに感謝しています。

 

まとめ

 

①本患者さんの歯周病は治りやすく、骨吸収量が多いからといって必ずしも難症例というわけではないことを知りました。

 

②プロビジョナルレストレーションの段階から磨きやすい形態を模索し適した清掃用具を考えること、また歯科技工士に患者さんの情報を伝達することの大切さを学びました。

 

③磨きやすい形態を模索したプロビジョナルレストレーション形態と最終補綴物を比べることにより、より当てづらい部位や当たらない面を知ることができました。

 

④矯正治療や補綴処置においても。まずは、炎症のコントロールを徹底することが重要であり、歯周基本治療開始とともに矯正治療も補綴処置も始まっています。

 

デンタルハイジーン12月参照

やました